2 月 25
りっせいキネマフェスタで開催された「千年の恋」の映画は、 テンポが早く見ごたえがありました。 また、松田聖子の哀愁をおびた歌もよかった。
紫式部と清少納言が強烈なライバル関係にあったことを始めて知りました。 こういう人間関係で歴史を見ると面白い。
Wikipediaから年表を整理してみました。 -------------------------- 清少納言 康保三年頃(966年?) - 万寿二年頃(1025年?) 一条天皇の時代、正暦4年(993年)冬頃から、 私的な女房として中宮定子に仕えた。 紫式部 天延元年(979年)頃生? - 長和五年(1016年)頃没?と推定されている。 寛弘二年(1005年)12月29日より、一条天皇の中宮・彰子(藤原道長の長女、 のち院号宣下して上東門院)に女房兼家庭教師役として仕え、 少なくとも同八年頃まで奉仕し続けたようである。 一条天皇には分かっている限りで6人の后妃がいた。 * 皇后:藤原定子(977-1000) - 関白藤原道隆長女 * 第一皇女:脩子内親王(996-1049) - 一品准三宮 * 第一皇子:敦康親王(999-1018) - 一品式部卿 * 第二皇女:び子内親王(1000-1008) - 東三条院養女(び=女偏に美) * 中宮:藤原彰子(988-1074) - 左大臣藤原道長長女 * 第二皇子:敦成親王(後一条天皇)(1008-1036) * 第三皇子:敦良親王(後朱雀天皇)(1009-1045) * 女御:藤原義子(974-1053) - 内大臣藤原公季長女 * 女御:藤原元子(979?-?) - 右大臣藤原顕光長女、のち源頼定室 * 女御:藤原尊子(984-1022) - 関白藤原道兼長女、のち藤原通任室 * 御匣殿(985?-1002) - 藤原道隆四女(皇后定子の同母妹)
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